情熱シアター

坂田裕一さん(前編)

アートや祭り、民俗芸能の力で、
人々の絆をつなげていく。

いわてアートサポートセンター理事長 坂田裕一

いわてアートサポートセンター理事長
坂田 裕一 さかた・ゆういち

盛岡市職員として盛岡市演劇の広場づくり推進事業や盛岡ブランド推進事業などに取り組み、盛岡市観光文化交流センター副館長、ブランド推進課長などを経て、盛岡市中央公民館長(2014年3月定年退職)。一方で1978年に地域劇団「赤い風」を結成し、主に演出・プロデュースを担当。2005年、岩手県で初めての文化芸術系NPO法人である、いわてアートサポートセンターを設立。現在、同センター理事長。


SeRVの活動を通じて、様々な方との出会いがあります。
出会いから、さらなる絆が生まれ、また新たなつながりができていきます。
このページでは、「困っている誰かの為に、何かしたい」という志をともにする方々の、
活動に対する熱い思いをご紹介します。
今回は、いわてアートサポートセンター理事長の坂田裕一さんにお話をうかがいました。

第1章

自ら表現することで、日々の暮らしの中に喜びが見つかる

私は東京で大学に通っている時から演劇を始め、卒業して盛岡に戻ってきて市の職員になってからも、仕事をしながら演劇活動を続けてきました。

坂田さん

1990年、オープンする盛岡劇場に配属になり、その後は、観光や文化、社会教育など、演劇やアート、まちづくりに関わる仕事を任されてきました。
そうした公私に渡る芸術文化活動の中で、市民による芸術文化活動を通じて、地域の振興やコミュニティの形成をサポートできないかという思いを抱くようになっていたのです。その思いが高じて2005年に設立したのが、いわてアートサポートセンターです。
いわてアートサポートセンターは、フォーラムや演劇が開催できるミニシアター「風のスタジオ」と、絵画や写真の展示ができる多目的スペース「風のギャラリー」という直営文化施設を持ち、市民による芸術文化活動のサポートをしています。また、演劇ワークショップや、独自のプロデュース演劇の開催などの活動もしています。

岩手には、昔から農民演劇というか、市井の人々が演劇などの芸能を通じて表現をするという土壌がありました。宮沢賢治は農民芸術概論綱要で、すべての人は芸術家であり、永久の未完成、これ完成である、と述べています。お祭りで演じられる神楽や舞などの民俗芸能では、演者はときに観客になり、観客はときに演者となったりします。祭りや民俗芸能が盛んな岩手や東北には、生活の苦しみの中に、芸術・芸能を通じて楽しみを獲得しようという考えが根付いているのでしょう。祭り芸能は日々の暮らしの中に生きているのです。

第2章

被災地の子どもたちに絵本を届けたい

一冊の本をあなたに 3・11絵本プロジェクトいわての物語
一冊の本をあなたに
3・11絵本プロジェクトいわての物語

このような私の活動が一変したのが、2011年3月11日です。
当時、私は盛岡市中央公民館の館長でした。震災当日は盛岡市全域で停電となり、実際の被害状況もわからぬまま、みんなが不安な夜を明かしました。沿岸部が大きな津波に襲われ、陸前高田が壊滅的な被害を負ったことを知ったのは、翌日のことです。転勤族の家庭に育った私は、じつは中学生の時、陸前高田に住んでいたことがありました。盛岡の高校に進学してもよく行き来をして、今でも大切な友人がたくさんいます。ですから、町が丸ごと流されてしまった映像を見ると、少年時代の思い出が根こそぎなくなってしまったような衝撃を受けました。でも今何をしたらいいのか、何ができるのか、うまく考えがまとまらないまま、公民館館長としての被災者の受け入れや館施設の復旧の仕事に追われて数日が過ぎました。
そんな中、中央公民館に、児童図書編集者の末盛千枝子さんから一通のメールが届いたのです。末盛さんは彫刻家・舟越保武さんの娘で、震災が起きる少し前に舟越さんの故郷である岩手へ家族と共に戻ってきていました。末盛さんは、「震災の前に自分がこの地に戻ってきたのには何か意味があるはずだ」とお考えになり、被災地の子どもたちへ絵本などを通じた何か支援が何かできないかと申し出てくださったのです。

そうして立ち上がったのが、3.11絵本プロジェクトいわて です。被災地の子どもたちに絵本を届けよう―――この呼びかけは全国に広まって、現在までに約24万冊の絵本が集まり、また絵本を乗せた移動図書館「えほんカー」を6台購入し被災地に5台寄贈することができました。
全国から集まった絵本の開梱、仕分けなどはボランティアさんの力を借りました。中央公民館で開いていたさまざまな講座を受けていた人や、女性団体の人などが何百人と集まり、力を合わせてくれたのです。ほとんどが女性の方で、活動時間も1日2時間の限定にし、無理なく長く続く活動にしたいと思いました。

移動図書館「えほんカー」の様子
移動図書館「えほんカー」の様子。子どもたちみんなに喜んでいただきました。
坂田さん

驚いたのは、ボランティアの方々から「声を掛けてくれてありがとう」と言われたことでした。盛岡市は内陸のため津波の被害はありませんでしたが、沿岸部に親戚や知り合いがいたり、津波に襲われた海や町にいろいろな思い出があった人も少なくありません。私と同じように、沿岸被災地に若い頃の思い出がいっぱい詰まっていた人もいたと思います。そういった人の中には、毎日引きこもって泣き暮らしていた人もいたそうです。被災地に飛んで行ってボランティアをしたくても、家庭の主婦や仕事を持っている人はそう簡単に出掛けることもできません。それが公民館という身近な場所で、被災地のために少しでもお手伝いができるというだけで心が休まると言っていただけたのです。
3.11絵本プロジェクトいわて は、「絵本があって、ほっとできる場所」絵本サロンの運営など、絵本による被災地支援を今後も継続して行っていきます。

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