熊本地震から1年半〜改めて考える"中間支援のあり方"(KVOAD編)

2016年4月14日に発災した熊本地震における支援活動について、2回に渡って考える今回の特集。発災直後から行政やNPO団体の間で情報がスムーズにやり取りされ、ムラなく支援が行き届いた理由として、中間支援がしっかりと機能していたことが挙げられます。

今後の災害支援活動でも欠かせない"中間支援"。そのあり方について、熊本地震におけるキーパーソンとなったおふたりにお話を伺います。第1回は、「くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)」代表の樋口務さん。

くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)代表樋口務

くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)代表
樋口務

1960年大分県日田市生まれ。大学卒業後、建設コンサルタントにて環境アセスメント及び設計業務に従事の傍ら、2001年より特定非営利活動法人NPOくまもとに所属し市民公益活動を行う。2016年熊本地震発災直後から、「特定非営利活動法人全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」と連携し、「熊本地震・支援団体火の国会議」等を運営し、同年10月「くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)」を設立。

発災後に「全国災害ボランティア支援団体ネットワーク(JVOAD)」と出会い、支援活動を行なっていくなかで立ち上げたKVOAD。半年スパンで変わっていく課題に、どのように取り組んだのか。今後の災害支援における中間支援のあり方や課題とは──。

発災から"火の国会議"開催まで

建設コンサルタントとして働くかたわら、特定非営利活動法人「NPOくまもと」の活動に携わってきた樋口さん。熊本地域の中間支援組織として人材育成や事業のマネジメントを行ないながら、自身としても社会福祉法人を立ち上げ、保育所の運営を始めたまさにその直後、熊本地震が発災します。

樋口:
2016年4月1日に保育所をスタートしましたが、4月14日に前震がきて......翌朝に以前から付き合いのある「日本NPOセンター」から電話があって、「今からJVOADがそちらに行くから」と。それで、4月15日の夕方にJVOAD事務局長の明城(徹也)さんとお会いしました。

──そこではじめてJVOADを知ったのでしょうか?

樋口:
そうですね、明城さんから説明いただいたJVOAD立ち上げの経緯や目的が賛同できる内容だったので、「じゃあ一緒にやりましょう」と。正直なところ、そのときはまだ状況がよくわかっていなかったので、軽い感じで引き受けた印象ですね(笑)。それで、「明日から現地をまわりましょう」と約束したその夜中に本震がきて、いったんリセットになって、体制を立て直して19日から一緒に活動しました......とはいえ、私はなにをやっていいのかわからなかったので、はじめは見よう見まねでしたね。

修復中の熊本城

──19日の夜から、NPO/NGO、内閣府、熊本県が連携・協働を行なうための会議「熊本地震・支援団体"火の国会議"」が始まります。

樋口:
「まずは連携会議を行ないましょう」と、JVOADの呼びかけで集まりました。第1回目は内閣府、行政、NPO/NGOがいましたが、地元の人間は私ひとりだったので、進行役をお願いされたんですね。ですが、その段階では私はまだどうしたらいいのかわからなかったので、まずは1週間、JVOADに進行していただいて、ひたすら観察していました。

──火の国会議に、最初から行政が入っていたことが意外です。

樋口:
まさにそこが、熊本地震の支援活動における特徴でしたね。熊本県の行政は、NPO/NGO を含めたボランティアの力が相当なものだということを当時そこまで認識していなかったので、最初、火の国会議に集まったNPO/NGOを「何者なんだろう?」と思っていたでしょうね。それでも6月22日までの2か月間、毎晩会議を重ねていくうちに、ボランティア団体から上がる「現場の声」と市町村から上がるニーズに、大きな差があることを知ったようです。

──どのように差があったのでしょう?

樋口:
市町村などの行政はどうしても指定避難所ばかりを見てしまう傾向にあって、車中泊の人たちまでは把握できていなかったんですね。そういった多様な避難状況をボランティア団体が細かく見ていき、火の国会議で情報を共有していました。

被災直後の避難所の様子

半年ごとに刻々と移り変わる課題

「熊本で地震が起こるとはみんな思っていなかったので、地震対策という点において、危機感がなく無防備だった」と振り返る樋口さん。ノウハウのあるJVOADと初動から一緒に行動できたことは、刻々と移り変わる課題に取り組むうえでも大きな力になったと言います。

樋口:
地震対策がしっかりと成されていなかった熊本に、JVOADが支援に来たことは大きかったですね。半年スパンで課題が変わっていたので......まず最初の大きな課題として「避難所の環境改善」がありましたが、JVOADが来なかったら具体的にどうしていいのかわからなかったと思います。

──JVOADの指揮のもと、その課題をどうやって解決していったのでしょう?

樋口:
「アセスメントをやりましょう」ということで、避難所の現状調査をしました。5月2日から3日間かけて、熊本県内の118か所すべての避難所を対象に、同じ手法で調査を行ないましたが、人手がとにかく必要なので、動けそうな団体に「手が空いているなら参加してください」と、どんどん声をかけていったんです。

──地元の団体も早い段階から支援活動に参加したのですね。

樋口:
そうですね。全国から来られているNPO/NGOの方々や、災害専門のプロに頼りきるのではなくて、いずれ地元がやらなくてはいけないということはわかっていたので、早い段階から地元を引っ張り出してくるのが僕のミッションのひとつだったんです。ですから、昼間はいろんな団体に声をかけることに奔走しましたね。

──情報共有が最優先ということでしょうか?

樋口:
そうですね、まずは会議で情報共有を行ないます。現場で活動している人たちが、夜になって火の国会議に来て、「あそこの避難所はまだこういった課題があるから、私たちが支援に入りますね」とかって、お互いの情報を共有することによって、支援の平準化を図ります。毎晩遅くまで、濃い内容の会議を行なっていましたね。多いときは100人くらい集まっていましたから。

NPO/NGO、内閣府、熊本県が集った「熊本地震・支援団体"火の国会議"」

──さきほど「課題が半年スパンで変わった」とおっしゃいましたが、避難所の環境改善の次に出てきた課題とは何だったのでしょうか?

樋口:
2016年の10月くらいですべての避難所を閉鎖したので、被災された方々は仮設住宅に入ったんですね。そこで課題となったのが、仮設住宅でのコミュニティ作りでした。その支援としてはまず、「みんなの家」などの集会場に、全国から来られたボランティアの方々をコーディネートするような活動に徹しました。仮設住宅の環境にムラがないようにというのが狙いですね。

──ムラというのは?

益城町テクノ仮設団地

樋口:
例えば、テクノ仮設団地(熊本県上益城郡益城町)のような大きなところはボランティアの方々が集まってきますが、少し離れた20軒くらいのこじんまりとした仮設住宅には、支援が来ないというか......そもそもコミュニティ作りのような活動がないんです。ですから、孤立しているような感じにならないように調整する窓口を作ったりしました。つまり、仮設住宅での活動の平準化ですよね。そこに注力しました。

──そして、その次の課題としては......。

樋口:
みなし仮設(被災者が公的補助を受けて無償で入居する、民間の賃貸住宅)の方たちです。みなし仮設だと、周囲とコミュニケーションを取ることがまったくできない方もいるので、そういう方々への間接的な支援です。直接的な支援は「地域支え合いセンター」がやっているので、そこで活動している団体に「こういう助成金制度があるので、使ってみてはいかがですか?」といった情報を流したりすることに徹しました。

──もうひとつ大きな課題として、県外避難者の支援もありますよね。

樋口:
そうなんです。県外では、現在の熊本について放送されていないですから。状況がわからないと、県外に避難されている方も帰って来られないだろうということで、地元の「熊本日日新聞」を毎日届けたいと思ったんです。それで、2017年の年明けから県外避難者に新聞を送ることを始めました。

──今後の課題は見えてきていますか?

樋口:
仮設住居は2年の入居期間が原則なので、みなさん不安になってきているんです。まだ自分の生活もままならない状態なのに、住宅再建なんてできっこない。9月のあたまに、熊本全域のみなし仮設の方を対象とした交流イベントを開催したんですね。2,100人くらいの方が来られて、相談ブースも作っていましたが、一番多かったのは住宅金融についての相談でした。長蛇の列だったので、やはりみなさん住宅再建について悩まれているんだなあと感じました。

──そういった現状をふまえて、今ほしい支援とは何でしょうか?

樋口:
「先が見えるような、的確な情報」だと思います。さきほどの仮設住宅の期間についても、災害対策基本法では原則2年なんですが、「行政が今、1年の延長を申し出ている最中だ」といった話は伝わっているんです。でもそれが、本当に1年延長されるのかどうか......確かな情報でないと、入居している方たちはかなり不安ですよね。

KVOADの立ち上げとその理念

JVOADとともに、「見よう見まね」で支援活動に取り組んできたと語る樋口さんでしたが、2016年6月に北海道函館市で起きた震度6弱の地震をきっかけに、「JVOADや県外支援者にいつまでも頼っていられない」と気づき、KVOADを立ち上げます。

樋口:
少し前の話に戻るのですが、「NPOくまもと」は中間支援組織なので、以前から県の指定管理を行なったり、熊本市の業務委託でNPOのコーディネートや育成を行なっていました。ですから、県内のNPO団体をほとんど把握していて、「こういった状況ではこの団体が動ける」といったことが、わかっていたんです。

──つまり、地元のNPO団体を把握されている樋口さんがいて、そこにJVOADが接触してきたことで、スムーズな支援活動が行なえたということでしょうか?

樋口:
結果的にはそう言えるんじゃないかと思いますが、当時はわかりませんでした。そんななか、ピーク時には全国から250団体くらい来てくださっていたボランティア団体の数が、ゴールデンウィーク明けくらいから減っていったので、「やっぱり地元でしっかりやっていかないといけない」と感じ始めた頃に、函館で大きな地震が起こりました。

──「熊本に来ていたボランティアが、今度は函館の支援に向かうだろう」と思われた?

樋口:
そうですね。「こうやって他の場所で災害が発生すると、ボランティアの方々が熊本から出て行ってしまうのではないか」と思いました。それで、地元で連携する必要性を強く感じたんですね。

──そうしてKVOADを立ち上げたのですね。

樋口:
2016年7月23日にKVOAD設立実行委員会のキックオフを行ない、火の国会議の参加団体と、熊本市内で活動する団体の連携会議「ひごまる会議」に参加している団体を基盤として構成しました。公式ホームページ(http://kvoad.com/)にも書いてあるのですが、「支援ネットワークを一過性のつながりで終わらせない」、「被災地における長期的な支援対応」、「被災を経験したからこそできる今後の支援対応」を理念としています。

──「被災を経験したからこそできる」ことに、JVOADから得たノウハウを、ほかのところにも伝えていくという役割もあるのでしょうね。

樋口:
そうですね。「熊本だからできた」という言い方もあるんでしょうが、実際はどこでもできると思うんです。万が一、次にどこかで災害が起こったときに、被災地へ行ってアドバイスしたり、お手伝いしたりするような支援ができるところまでは行きたいなと思っています。JVOADは全国を、KVOADは九州地区を中心に担当しましょうといった割り振りができるといいかなと思います。

──今後別の地域で災害が起こったときに、JVOADやKVOADのような県外からの支援が入るにせよ、コアの部分は地元の誰かがやらなくてはいけなくなると思います。そういった際に、まず第一に何をすればいいのでしょうか?

行政、社協、NPO等の連携会議

樋口:
まず、情報を共有すること。それが原点ですね。情報共有する場を設置して、行政、社協、NPO/NGOが入ること。そうやって情報を共有ができるようになったら、支援の調整が可能になります。支援の調整がうまくいくと、把握していなかった新たな課題に対しても対応できるようになるのではないでしょうか。そのためにも、何かあったときに「さあ、一緒にやりましょう」と言える体制作りを、各都道府県で進めておかないといけないと思います。

「できたしこ(できる分だけやろうよ)」の精神で

保育所の運営も続けながら、KVOAD代表として地元の中間支援に尽力する樋口さん。重い使命と山積する課題に取り組みながらも、どこか楽しげで飄々としたお人柄は、ご自身が思う「熊本人の気質」と重なるところが多い印象を受けました。

樋口:
熊本には、受け身になる人が少ないというか「自分たちでどがんかするけん、よか(自分たちでどうにかするから、大丈夫)」という人が多いんです。それに、熊本人の気質というのも長期支援に向いているのかもしれませんね。

──というのは?

樋口:
無理しすぎない。熊本弁で「できたしこ」って言うんですが、「できる分だけやろうよ」という意味なんです。無理してしまうと、支援活動って長続きしないと思うんです。みんな、自分ができる範囲で支援を続ける。例えば私は、保育所での仕事が毎朝あるので、それを終えてからの支援活動になります。それでも構わないという空気が全体的にあるんですね。

──樋口さんが思う「ボランティアに必要なこと」とは何でしょう?

樋口:
活動の最初から最後まで自己完結している。すべて自分で考え、自分で行なう。それがボランティアのあり方だと思います。今も1日2、3件はボランティア志望の方が来られます。ほとんどが熊本県内からですが、県外や首都圏からも来られる方もいて......それはとても嬉しいことなので、そういった方たちを受け入れながら、地元でボランティアの人材を掘り起こすことも並行して取り組んでいます。

火の国会議参加のNPOが連携し避難所支援に取り組む様子
KVOAD樋口務さん(左) JVOAD明城徹也さん(右)

予想していなかった突然の地震に導かれるように、地元熊本の復興支援において重要な役割を担うこととなった樋口さん。もちろんご本人の責任感や実行力があってこその役割だとは思いますが、改めて、人生とは不思議な目に見えない歯車によって動かされているのではないかと感じました。

次回は、そんな樋口さんの歯車のひとつ、「JVOADとの出会い」でキーパーソンとなった、JVOAD事務局長の明城徹也さんにお話を伺います。

ページの先頭へ戻る