情熱シアター

久野由里子さん

困難な状況にいる子どもたちが
本当の意味で自立するために、
数字だけでは判断できない
「自立」を目指す。

困難な状況にいる子どもたちが本当の意味で自立するために、数字だけでは判断できない「自立」を目指す。

認定NPO法人 国境なき子どもたち(KnK) スタッフ
久野由里子 (ひさの・ゆりこ)

大学でバングラデシュにおける参加型NGOについて研究後、大学院では同国初等教育教員の在職意欲への影響要因を考証。一般企業就職後は国内ホームレス支援に携わる。2010年5月より国境なき子どもたち(KnK)フィリピンのプロジェクトコーディネーターに就任し、同国に1年間駐在。2011年6月東日本大震災被災者支援調整員として岩手県で活動に従事。2012年7月より東京事務局にてフィリピン、バングラデシュ、パレスチナの事業を担当。


このページでは、「困っている誰かのために、何かしたい」という志をともにする方々の、活動に対する熱い思いをご紹介します。

「特定非営利活動法人国境なき子どもたち(KnK)」東京事務局に在籍する久野由里子さんを訪ね、高田馬場駅(東京都)から歩くこと10数分。笑顔で迎えてくださった事務局の方に案内いただいた会議室は、窓から燦燦とさす陽の光が心地よい空間。都会の喧騒を離れた高台に設けられた事務局には、まるで友人宅に招かれたようなあたたかい空気が流れていました。

今回お話を伺った久野さんは、大学の頃から発展途上国における支援や教育の在り方について研究されていらっしゃいます。そういった問題に目を向けたきっかけから、現在活動されているKnKの自立支援についてまで、具体的なケースを挙げながらお話いただきました。

特定非営利活動法人国境なき子どもたち(KnK)のロゴマーク
第1章

厳しい状況下に置かれている人をサポートする人生でありたい

──はじめに、現在のような発展途上国の困難な状況にいる子どもたちを支える活動に携わるようになったきっかけについて教えていただけますか?

久野由里子さん(以下、久野):
きっかけはふたつあると思っています。ひとつは親の影響で、幼い頃から海外で厳しい状況にある方たちへの支援に関心がありました。小学3年生時の作文に「世の中にどうしてごはんを食べられない人がいるんですか?」と書いたことを覚えています。

もうひとつは、高校時代に勉強を教えてもらっていた家庭教師の先生に「由里子は何に向かって人生を歩んでいくの?」と聞かれたことがあって。そのときに「つらい状況に置かれて『生まれてきてよかった』と思えない方たちが、『生まれてきてよかった』と思えるような何かをしたい」と気づいて......初めて意識的に、自分の人生の歩み方を考えた瞬間でした。

インタビュー中の久野由里子さん

──大学院を卒業後、一般企業にてホームレスの方々の支援に携わっていらっしゃったのも、そういった指針があったからなのですね。

久野:
そうですね。「自分が気持ちを込めてできる仕事って何だろう?」と考えたときに立ち返るのは「生活のなかで厳しい環境にある方をサポートできるような生き方をしたい」という思いです。自分の人生において選択肢にぶつかったときは、必ずそこに戻っている気がします。

第2章

KnKの支援によって「自分で人生を選択できる」と知った少女

──2010年5月から「国境なき子どもたち(KnK)」フィリピンのプロジェクトコーディネーターに就任されますが、どのようなお仕事をされていたのでしょうか?

久野:
地元で使われているタガログ語ができるわけではないので、直接子どもたちとやり取りするよりも、会計作業や報告書、申請書などを作成する管理業務をおもにやっていました。

──特に印象的だったお子さんはいらっしゃいますか?

久野:
フィリピンに派遣されてすぐに出会った女の子がいたのですが......スラム地域に住んでいる子で、法的に結婚できる年齢に達していなかったんですね。その子が「知らない男性と結婚させられて、一緒に住むことを強制されている。今日これから家に帰るのも嫌だ。その人と一緒に住んでいられない」と訴えてきたので、緊急会議を開いて即日保護しました。

その後、KnKのスタッフが仲介に入りながら保護者との話し合いを進めて、KnKの奨学金を受けて大学に通っていましたが、在学中に別の男性と恋に落ちて妊娠をして、大学を中途で辞めたんです。昨年久しぶりに彼女に会ったときに「あなたにとって、KnKはどういう存在だった?」と聞いてみたら、「家族とうまくいっていなかった自分にとって、KnKは家族だった。そして、KnKの活動を通して自分の権利について知った」と答えてくれました。

フィリピンでの活動
フィリピンでの活動
フィリピンでの活動の一コマ(本文中のストーリーとは関係ありません)

──彼女の言う「自分の権利」とは?

久野:
それまでは、親に「結婚しなさい」と言われたら従うしかなかったけれども、自分の権利を知ることで親に対してきちんと主張できるようになったと言うんです。子どもを妊娠したことで、彼女は大学を途中で辞めざるを得なかったけれども、「子育てがひと段落したら大学に戻りたいと思っていて、パートナーも後押しをしてくれている」とも話してくれました。

妊娠して大学をドロップアウトしたという話だけを聞くと、いわゆる支援の世界では成功例とならないかもしれませんが......愛してもらえるはずの親から否定されて、自分の人生を肯定的に捉えられなかったり、怒りに支配されてしまったり、自分や他人を傷つけてしまったりすることもあり得るなかで、そうではなく、自分の意思をきちんと人に伝えることができる。「こういった人生を歩んでいきたい」と自分で考えて、選択していける。さらに、自分の歩みたい人生をパートナーに相談することができるようになったというのは、非常に大事な自立のステップですよね。彼女はKnKの支援を受けながら、人生を肯定的に歩めるようになったケースだと感じています。

第3章

KnKの支援活動における「自立」の定義を発信していきたい

──KnKが行なう自立支援のスタンスについて、同じように自立支援を行なっている他団体との違いや特徴はどこにあると思われますか?

久野:
実はいままさに、KnKの支援活動における「自立」の定義について、話し合っているところなんです。やっぱりどうしても"目に見える成果"や"経済的な自立"の観点で「自立できた・できなかった」の評価をされがちですから、先ほどお話しした大学をドロップアウトした彼女についても、その事実だけみたら「自立できなかった」と評価されかねません。でも、そうではないよねと。

ストリートで遊ぶフィリピンの子どもたち
ストリートで遊ぶフィリピンの子どもたち

KnKでいう「自立」とは、必ずしも目に見える経済的な自立のみではなく......例えばKnKの支援を受けて学校へ行き、お店を開いたけれども事業に失敗してしまい、少し借金ができてしまった。でも、周りに相談しながら借金の返済計画を立てて実行できている、というケースがあったとしたら、それは「自立している」と言えるのではないか。

事業には失敗したけれど、自分の人生を主体的に進んでいける人である。人生のなかで他者と関わって問題を解決していける。環境に囚われないで意思決定ができるというのが自立ではないだろうかといったことを話しています。でもそれはまだKnKとして明文化されていないので、もう少し議論を進めて、整理していく必要があると考えています。

──経済的な自立は数字で判断しやすいと思うのですが、いまお話しされたような自立を判断するためには、細かいところまで目を向けていく必要があるのでとても難しいように感じます。

久野:
そうですね。例えばフィリピンのスラム地域でノンフォーマル教育(正規の学校教育以外の場で学習すること)を行なっているなかで、KnKで支援をしている子どもは200人くらいいるんです。そこでは年に1度、公立の学校に編入できる資格が得られる試験を行なっているのですが、その試験はフィリピン全土でみても10%〜20%ぐらいの合格率なんです。それほどハードルが高い試験なので、数字だけ見ると「1年間授業をやって、200人のうちの5%しか受からないの?」と思われるかもしれませんが、子どもたちを見ているとそれだけではない成果があることがわかります。

例えば、スラム地域で麻薬などの抗争に巻き込まれて亡くなってしまう子どももいるなか、KnKの活動と関わっていた男の子は、そういったトラブルに巻き込まれるようなところに行かなくなりました。つまり、試験の結果では見えない部分で、彼らに変化が起きている。それらの成果をどのようにKnKとして発信すべきかは議論中ですが、そこがまさにKnKが行なう自立支援のコアな部分だと思うので、どうにかお伝えできるようにしたいと思っています。

ノンフォーマル教育を通じて行われるKnKの支援活動
ノンフォーマル教育を通じて行われるKnKの支援活動
ノンフォーマル教育を通じて行われるKnKの支援活動
第4章

「生きていてよかった」と子どもが感じることが原動力となる

──エネルギッシュに活動されている印象の久野さんですが、原動力はどこにあるのでしょうか?

久野:
先日フィリピンに出張へ行ったのですが......先ほどお話しした子とは別の、やはり2010年から知っている子がいるんです。出会った頃は14歳でしたが、23歳になった彼女の笑顔を見たときに「私はこのために仕事をしているんだな」と感じました。

──どんなお子さんだったのでしょう?

久野:
スラム地域出身の彼女は当初ニコニコしているような女の子でしたが、KnKとして関わっていくなかで、貧困だけではなく、もっと深いものをいろいろと抱えていることがわかってきたんです。16、7歳のときには不眠や自殺願望が現れました。私と会ったときもまったく笑顔を見せてくれない時期もあって。久しぶりに会って話しかけているのに、身体ごと別のほうを向いて返事をするという状況だったんですね。

そういった時期を経て、先日彼女と会ったときに「もう一度学校に行きたい」と話してくれて。その笑顔を見て「ああ、よかった。私はこのために仕事をしているんだな」と強く思ったんです。そういった、「人生を生きていてよかったな」と思ってくれる子どもがいるというのが原動力となっていますね。

■ KnKの支援を受け、自立の道を歩む子どもたち

ジョナサン
パヤタスというゴミ山のふもとのスラム地域出身。6人兄弟の長男としてうまれ、母親一人で家族を養いきれず、幼いころから学校に通いながらゴミ山で働き、お金になりそうなものを拾っては売って生活していた。高校までは学校に行ったり行かなかったりを繰り返した。17歳から「若者の家※」で生活し、大学に通い、2013年卒業。

ハロルド
8歳(1995年)、義父の暴力に耐えられず、実父を探すために家出。実父の死を知りそのまま路上生活を始め、ギャングとなる。2001年KnKのスタッフと出会い、「若者の家」で生活を始める。学校にも通うが、元ストリートチルドレンであることを理由に学校でいじめや差別を受け、中学校を退学。2009年からKnKのボランティアスタッフとして活動。KnKのスタッフとして働くかたわら、ノンフォーマル教育を受け、高校卒業の資格を取得。

※行き場のない子どもたちを保護しケアするKnKの自立支援施設

──KnKとしては「自立」の定義の発信といった課題もあると思いますが、久野さんご自身として今後力を入れたいと思っていることはありますか?

久野:
海外の駐在に戻って、子どもたちの変化をより理解したいと思っています。子どもたちの変化を見ながら、「何ができるのか。何が効果的だったのか」と明確にしていくことで、より質の高い事業をどんどんやっていけたらいいなと思います。


穏やかにお話ししてくださった久野さん。仕事が好きで没頭しすぎる傾向があり、「無自覚ながら、心にストレスを抱えていたこともあった」と言います。

そんな久野さんのストレス発散法は「休日に漫画を借りてきて、ひたすら読む(笑)。仕事以外のことを考えて、バランスを取っています」とのこと。「生活のなかで厳しい環境にある方をサポートできるような生き方をしたい」と日々を邁進する久野さんの素顔がチラリと伺えた一コマでした。

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