2024年の能登半島地震から2年半を迎える5月17日に、真如苑能登支部(石川県穴水町)で町の復興を願って開催された「のとやさしまつり」。仮設住宅から復興住宅への移転が少しずつ進む一方で、新たな課題も日々浮かび上がるなか、穴水町・穴水町社会福祉協議会・13のNPO団体が力を合わせてつくり上げたこの場には、被災地のこれからを見据えた「人のつながり」が息づいていました。
「被災された方たちの心が揺らいできている時期に入ったと感じています」
そう話してくださったのは、穴水町復興推進課の黒田篤史さん。本特集の前編では、復興推進課長として官民連携の窓口を担ってこられた黒田さんに、現状の課題をはじめ、2025年12月に締結した穴水町・穴水町社会福祉協議会・13のNPO団体による包括連携協定について伺いました。
黒田篤史
石川県穴水町役場復興推進課
2024年能登半島地震後の復旧・復興事業として、復興計画の策定と推進の他、被災者生活支援、住宅の再建・復旧支援、復興公営住宅の建設などに取り組む。住民参加による「創造的復興」を掲げ、行政・民間・専門機関との連携を通じて、持続可能なまちづくりと地域再生を推進する。
1. 変わりゆくニーズに感じる、被災者の「揺らぎ」
──2024年元旦に発災した能登半島地震から2年が経過した現在、被災者の方たちはどんなことを行政に期待されているのでしょうか?
黒田篤史さん(以下、黒田):現在、穴水町内には応急仮設住宅が532戸あり、そのうち約100世帯が住宅の再建や復旧、転出などを理由にすでに退去されています。一方で、穴水町としては第1団地目となる復興(災害)公営住宅50戸の建設を進めていまして、6月からは、これから順次建設される復興公営住宅全体分として、約230戸分の入居の申し込みを受け付けています。

ただ、この上野団地が少し町から離れたところにあるため、「できれば町の中心部に近い場所がいい」といった要望をいただく機会が増えてきています。ほかにも、支援のニーズが変化してきていることを実感しますね。例えば、物品よりも「のとやさしまつり」のようなイベントや、復興に向けた取り組みを求める声が多くなっています。
──寄せられる相談のなかで、特に多いのはどういった内容でしょうか?
黒田:最も多く聞くのは、お金の問題です。本当は家を建てようと思っていたのに、修理しようと思っていたのに、物価の高騰で復興公営住宅に入らざるを得ない、という声が増えていて。みなさんの心が揺らいできている時期に入ったと感じていますし、行政としてはそれらの問題に重点を置いて取り組んでいくというのが、近い将来に向けての課題だと認識しています。
2. 災害対応は行政だけでは限界がある
──行政と社協、NPO団体が連携していくことになった経緯を教えていただけますか?

黒田:まず、私自身の話をさせていただくと......2007年の3月にも能登半島地震が発災しましたが、私は4月1日から県庁への異動が決まっていたため、震災対応にあたれたのはわずか5日間でした。ですから、私自身には災害対応の経験がほとんどなかったという事情があります。
そして2024年に能登半島地震が発災し、社会福祉協議会から「レスキューストックヤードという団体の方が来るので、一度お会いしていただきたい」といった連絡を私がたまたま受けて、その流れで穴水町の窓口になったという経緯があります。
私自身が災害対応の経験に乏しく、行政だけで災害対応を行うには限界がありましたので、社会福祉協議会とレスキューストックヤードさんをはじめとしたボランティア団体の方たちと連携させていただき、更には国や対口支援(※)の方々を交えた連携など、みなさんの持つノウハウや経験が本当に頼りでしたし、細かいところまで調整してくださったおかげで災害対応を円滑に進めることができました。
※対口(たいこう)支援
大規模災害時に被災した自治体と、支援側の自治体を原則1対1でペアにし、応急対応から復旧まで一貫した伴走支援を行う制度(カウンターパート方式)
──連携において、行政はどんな役割を担っていたのでしょうか?
黒田:ボランティアさんから「現場でこういった困りごとが発生したので、対応していいですか?」といった相談が上がってくるので、私が窓口となって関係部署に確認したり、緊急の場合には町長に直接相談して決断いただきました。
我々の返答が遅くなると被災者の方たちもどんどん疲弊していくので、半日以内に返答できるように、スピード感は特に意識していました。「最終的には穴水町が責任を持つので、対応をお願いします」という信頼関係で成り立っていましたね。
──連携がスムーズに進んだ背景には、社協との役割分担もあったのでしょうか?
黒田:そうですね。社協にはボランティアの受け入れといった現場対応をお任せし、私たちは行政の手続きを進めるという分担でした。社協が前回の震災からレスキューストックヤードさんや他のボランティアさんとの付き合いがあったことで、よりスムーズに動けたのだと思います。

──穴水町の特性が災害時に生かされたと感じる点はありましたか?
黒田:小さな町ということもあり、自治会や自主防災組織、消防団といった方々の顔がわかりますので、発災当初の安否確認などは比較的スムーズに行えたと思います。
被災時は「自助・共助・公助」とよく言われますが、今回の震災では自助・共助の部分で、自治会や自主防災組織の機能が大変有効であったと思っています。特に穴水町は、自主防災組織の設置率(地域別における設置割合)が県内でも高いことが優位に働いたものだと感じており、あらためて発災当初は自助・共助が大切であると実感しました。
そんななかで、自助・共助にも疲れが出始める前に、ボランティア団体の方々が各避難所などに駆けつけ、避難者への支援や声掛けなどを行なってくださったことは、行政にはできないような心温まる支援だったと思っています。
3. 連携の経験を次世代へ、そして包括連携協定へ
──2024年の震災を経て、情報やノウハウの継承についてはどのようにお考えですか?
黒田:2024年の震災時に浮き彫りになった行政の一番の問題は、2007年の震災対応についての情報がまったく引き継がれていなかったことでした。道路が封鎖されるなか、なんとか集まることのできた人たちだけで、かつ制限された状況でどのように対応していくか。日頃から意識するだけでなく、社協やNPO団体との連携体制を整える必要もあると痛感しました。
記憶ではなく記録として残していかないと薄れてしまいますから、情報やノウハウの継承は最重要課題のひとつと考えています。悪かった点だけでなく、良かった点、無駄だったこと、有効に働いたことなど、さまざまな角度から検証を重ね、次世代につないでいけるように、情報やノウハウを整理することから始めています。
──2025年12月に穴水町・穴水町社会福祉協議会・SeRVを含めた13のNPO団体による包括連携協定が締結されました。2024年の震災で連携の重要性を痛感したというお話もありましたが、そのほかにも協定を結んだ目的があったのでしょうか?
黒田:町民も含めた防災・災害対応力の強化が主な狙いです。若い職員もいるため、そうした能力を伸ばしていきたいという思いがありました。協定を結んだからといって災害対応をボランティアさんにすべてお任せするのではなく、ボランティアさんを支えて、活動しやすい環境をつくることが重要ですから。災害時や復興時だけでなく、平時においても継続的に取り組んでいきたいと考えています。

──協定を結んだことでどのような変化がありましたか?
黒田:連携の重要性を説明しやすくなったため、職員だけでなく、町民の方たちも対象にした講座を年6回開く予算を今年度は確保できました。NPO団体のノウハウを学べるだけでなく、活動も支援できるため、行政だけでは実現が難しかった幅広い研修もできるようになったことも大きな変化だと思います。
──このたび開催された「のとやさしまつり」について、行政としてどのように感じていらっしゃいますか?
黒田:復興に向けた素晴らしい取り組みだと思います。想像していた以上に多くの方たちが集まってくださって、良いイベントになりましたね。町民のみなさんからも声をかけていただきましたし、みなさんが喜んでいらっしゃる様子を見て嬉しくなりました。こういった場がこれからも増えていくといいなと思います。

後編では、黒田さんとともに連携を支えてこられた方たちの言葉を伺っていきます。